#01.「ゲイで良かった」って思う日なんて来るわけないだろ

60歳の両親にゲイをカミングアウトした話
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やめられるもんならやめたいよ、ゲイなんて

LGBTの権利が認められるようになってきた。
だけど、
やめられるもんならやめたいよ、ゲイなんて。

20歳前半くらいまでは、そんな風に思ってたかなぁ。

当時、オネエとかオカマなんて呼ばれている人たちが、テレビで言ってた。
「こういう自分を受け入れようと思う」
「ゲイに生まれてよかった。お父さんお母さんありがとう」

正直、それを見てヘドが出そうだった。
「そんなんウソに決まってるじゃん」

そして、
「ゲイで良かったって思う日なんて来るわけないだろ」
って、むしろ強く強く思うようになった。

でも、
今はまーったく逆。
むしろ、ゲイで良かったんじゃないかって思うくらい(笑)。
人生なんて分からんもんですね。

「こんなに変わっててフツーじゃなくて面白い人生、
 よくぞ僕のところに舞い降りてきてくれた!」

って感じ(笑)。
でもね、もう少しまじめな言い方になっちゃうけど、

「幸せ」ってどういうことなのか

を考えるようになりました。

女の子と付き合えばゲイなんてやめられる!

頭でゲイになりたくないと思っていても、
「心」と「体」は反応するわけで。

頭でイヤだと思っている。
心と体は反応してしまう。

これには苦しめられました。

でも待てよ。
女の子と付き合ったことないクセに、何言ってんだオレは。
もし女の子と付き合ったら、その素晴らしさに気づくかも!
女の子の魅力を知らないだけなんだ!

ってことで、女の子と付き合ってみたこともあった。
それは、中学1年生の冬。
たまたま運よく女の子から告白された。
彼女はひとつ年上の同じ部活の先輩。
「このチャンスを逃したら終わりだ」と思って、付き合ってみた。

付き合うことになった日は、
これでついに僕も彼女ができた!っていう気持ち。

でもその翌日には、
明らかにときめかない。
自分の心に焦る。

デートしたいと思わない自分がいた。
キスしたいと思わない自分がいた。
できれば何も進展しなくていいと思う自分がいた。

そして当然、そんな気持ちは相手にも伝わった。
半年くらいで別れました。

「僕が女性と付き合うと、相手を不幸にするんだ…」
「でも、ゲイだと認めたら、もう、僕は、、、、おしまいだ」

こんな人生にしやがって

なんでこんな生きづらい人生なんだよ。

神様ってホントに気まぐれなヤツだ。
イタズラ程度のノリで、俺の人生をこんな風にしやがって。
俺はこの先、ずっと自分を隠して、誰とも心を通わすことなく、
ひっそりと生きて死んでいくんだ。

っていうか、明日消えてなくなったって、、、いいじゃん。

・・・ってことを毎日のように思って過ごしていました。

でもね、学校の授業を受けてる時や、友達とカラオケに行った時なんかには、気が紛れてたよ。
そういうこと考えなくてすむから、ちょっとは楽だったくらい。

ホント、ちょっと何かキッカケがあったら、本当にあっちの世に行ってたかもしれない。

自殺未遂の経験率、非異性愛者は異性愛者の約6倍

関西看護医療大学看護学部の日高庸晴講師らが2001年に調査した
わが国における都会の若者の自殺未遂経験割合とその関連要因に関する研究」が、
とても衝撃的な数値を示しています。

異性愛者じゃない男性(同性愛者・両性愛者・その他)の自殺未遂経験率は、
異性愛者の男性の5.98倍にものぼるそうです。
(異性愛者じゃない男性の自殺未遂経験率は6%)

性的指向が自殺の決定的要因になっています。
それだけ、LGBTはこの社会で生きにくさを感じているということです。

先月のバイト代のゆくえ

そんなことを考えながら、僕は大学4年生になっていた。

ちょうど教育実習があってね。
先生になることを夢見てたんだ。
っていうか、僕の将来で明るいことって、そのくらいしかなくて。
だから大学でも一生懸命勉強して、そこそこいい成績とってた。

だけど実習先の学校でね、
担当の先生から人格否定レベルでボロボロに言われちゃったんだ。

完全に、折れた。

僕は教師に向いていない。
僕の将来は、まったく何も見えなくなった。

生きる意味が、僕にはもう、ない。

そうなると、
考えることはひとつ。

場所とタイミングを探してた。
でも、周りには務めて明るくふるまってた。
この悩みは誰にも知られたくなかったし、知られたら止められると思ったからね。
だから誰も気づかなかったんじゃないかな。
僕がそんなこと考えてたなんて。

助けてほしかったら、
きっと誰かにサインを出してた。

人は、本気で死のうと思ったとき、
明るくなるんだなって思った。

でもね、頭の片隅ではちょっとだけこんなこと考えたんだ。

「どうせこの世からいなくなるんだ。
 ほんのちょっとでいい。
 最後くらい、せめて何かの役に立ってもいいんじゃないか」

って。
せめて。本当にせめてもの思いね。

例えば、
先月のバイト代を、貧しい国の子供たちにプレゼントする。
確か今、口座には20万円くらいある。
僕が死んだらどうせ親のものになるんだ。
いいじゃないか、そのくらい。
20万円で何ができるんだろう。物価が低い国なら学校くらい建つかなぁ。

その次の瞬間、ハッと気づいた。

「今から死のうとしている俺にだって、
 できることは、まだまだある」

ゲイだからとか、障害者だからとか、
そういうことじゃない。
ここにいる、ひとりの人間が、
どこかにいる、ひとりの人間に、
できることはある。

「ゲイであること」と、
ギターが弾けること、髪が直毛なこと、音楽が好きなこと、
らっきょが嫌いなこと、ドリフが好きなこと、人に褒められたいこと、
これらは全部、同じレベルの話なんだ。って思ったんだ。

ゲイであることは、
このひとりの人間性を作り上げる、
ごくごく小さな一部にしか過ぎない。
腕にほくろがあるのと同じくらいのことなんだ、ってね。

ちょうどそのころ、
手話サークルに通ってた。
そこでこんな話を聞いたんだ。

「耳が聞こえないことは、
 鼻が大きいことと同じ話。
 その人のただのひとつの特徴。

聾者(耳の聞こえない人たちのこと)の話なのに、
まるで僕の心を見透かしたような話題だったから、
その場で泣きそうになった(笑)。

でもね、そう考えると、
ゲイだからできること、
ギターが弾けるからできること、
ドリフが好きだから話せること、
らっきょが嫌いだから笑えること、

これらはみんな、ガンガン楽しんでいいことなんだ!って思ったんだよね。
まぁ、先月のバイト代は遊びに消えたけどね(笑)。

女性と結婚できない俺は不幸なのか

とはいえ、子どもを作れないわけだから、
結婚もできないし、親に孫の顔を見せてあげることもできない。 
もう僕の人生、幸せになれないって思ったね。

でもね、ここでちょっと考えたんですよ。

今ここで言う「幸せになれない」の「幸せ」って、
具体的には何?

僕の個人的なイメージでは(笑)、
・結婚式で花びらとかライスシャワーを浴びながらその中をくぐる。
・みんなに祝福される。
・好きな人と家庭を築いて、子どもができる。
・給与が上がって、家を買う。車を買う。
・2人目ができる。
って感じですよ。
テレビドラマで描かれるような、もう本当に絵にかいたような「幸せ」。

そんなこと、今の俺にはできない。

男と結婚式を挙げたって、男二人の結婚式を見て、みんなはどう思うんだ・・・
「げっ、、、男同士かよ」「な、なんか斬新ね(汗)」
みたいな感じに決まってる。

いろんな家庭を見れたのは大きい

僕は学習塾の教室長を20年ほどやっていました。
実はこれがとても大きく影響しています。

すべての保護者と年に3~4回くらい面談するんだけど、
ここで多くの家庭を見る機会があってね。

家庭って、本当に面白い。
父親の考え方とか、母親の人間性とか、子どもの発想力とか、
いろんなエキスがすべて凝縮されてるっていうか、
家族の考え方やキャラクター、哲学みたいなものが、
ぜーんぶ出るんだ。

こんな親だったら家族は幸せだとか、そういう傾向みたいなのは、あるようでなかったかな。
その中で、僕の目から見て幸せそうな家族、そうでない家族、いろいろありました。

ここで分かったこと。

結婚したからといって幸せになれるわけじゃない。
どんなに素晴らしい夫と妻でも、
それが「幸せな家族」に直結するわけじゃない。
両親がそろっていても、そろっていなくても、
「幸せ」には関係ない。

すべてのハーモニーだと思った。

この境遇に、このお父さんと、このお母さん、そしてこの子ども。
すっっっごく変わった親子関係だけど、この親子だからこそこの幸せは成り立つんだなぁ、とか。
毎日大変そうだけど、この家族メンバーだから幸せにつながるのかぁ。とか。

そして、外から見て一見幸せに見えても、実はそうじゃなかったっていうケースもたくさんあった。
子どもが家庭内のことに悩んで僕に相談してくることがあったんだけど、
外から見える幸せそうな姿と、本人が感じている幸福感は、まったく関係なかった。

どの家庭も、幸せになりたくて結婚して、こどもを授かったはずなんだよね。
でも、結婚しても、子どもがいても、幸せとは関係なかった。

旦那と離婚して幸せオーラMAXになる母子もいた。
家庭から距離を置いて過ごすといい顔になる子どももいた。

僕は「結婚すれば幸せのバリューセットが手に入る」と思ってたけど、
違ったんだ。

僕は大きな勘違いをしていた。
幸せの形は、人と環境によって違ってくるんだ。

離婚経験者「離婚して良かった」81%

離婚を経験した40~60代女性の81%が「離婚してよかった」と答えたデータがあります。
クロワッサンON LINE

「離婚=残念なこと」というイメージを持つかもしれませんが、
離婚することも、幸せに向かう一つの道なんですね。

「理想の幸せ」ではなく「僕の幸せは何か」

今、僕には大切な人がいます。
彼の存在が、僕の幸せの大部分を占めていることは間違いないです。

だけど、僕の幸せを作り上げている要素って、それ以外にもたくさんあるんです。
信じる友達がいることだって、幸せ。
自分で働いてお金を稼いで生きていける、ってことだって幸せだよ。
僕はライブ活動をやってるんだけど、
みんなの前で演奏して拍手をもらう瞬間はとてつもなく幸せだ。
ゲームをやっている間は幸せでいられるのだって、その人の幸せのスタイルだと思います。

「結婚って幸せのカタチ」

っていうのは、
ある人にとっては正解だけど、
ある人にとっては不正解かもね。
世間が言う「幸せのカタチ」に、自分を曲げてまで無理して合わせる価値はない。

僕で言えば、
女性との結婚を夢見て苦しむことは、僕にとっては幸せじゃなかった。
他人の「幸せのカタチ」に、自分を当てはめる必要はまったくないってこと。
逆に言えば、
自分が幸せだと思えることを、探し続ける。求め続ける。
それがもしかしたら、幸せなことなんじゃないかなー。

「理想の幸せ」っていうのは、誰かが決めることじゃない。
どんなスタイルに幸せを感じるかなんて、僕にだってわからないんだ。
だから、幸せを追い求め続けることがいいんじゃないかな。
僕は僕の幸せのカタチを探し続ける。
今42歳の現在地では、仮にそういう結論ってことにしてる。
この先また変わるかもしれないからね。

僕は幸せだ。自然にストンとそう思う。
ゲイとして苦しんだからこそ、他人の幸せスタイルにとらわれず、
自分が本当に幸せを感じられることを探そうと思う。

だから、僕の幸せスタイルを他人にあれこれ言われても、別に気にならなくなった。
だって「僕」のお気に入りの幸せなんだもん。
他人が「そんなの幸せじゃないよ」って言ったって、それはその人にとって幸せじゃないってだけ。
「君は僕じゃないから、僕の幸せが分からなくて当然だよ」
って笑顔で言えばいい。

そんなに素敵なことに、気づかせてくれたんだもん。
ゲイに生まれて本当に良かった(笑)。

この運命、ありがとう。

スーパーシンプルに分かる上野の幸福論

サザンが好きな人と、ミスチルが好きな人がいました。
ふたりは言い争いをしています。

「俺はサザンが好きだ。そして男はみんなサザンが好きなんだ。サザンが好きじゃないお前は不幸だ」
「俺はミスチルが好きだ。サザンが好きなやつは単純だ。真の音楽こそミスチルだ。ミスチルに惹かれないやつは音楽を語っちゃいけない」

そこに流れるテレビ番組。
「アイドルの音楽こそ最も多くの日本人を幸せにしてる!」
・・・ふたりともアイドルにはそこまで興味がなくて少し静かになる(笑)。

結論。なんでもいい(笑)。
サザンが好きだろうが、ミスチルが好きだろうが、
好きなものを好きなだけ愛して、
その人が幸せになれたらそれでいいんだ。

幸せになるツボは人によって違うってこと。

アイドルのCDが一番売れてたとしても、関係ないんだ。
自分が好きなものを愛せればいい。
マウントを取る権利も、他人の幸せ感を否定する権利も、誰にもないんだよ。

彼に感謝

彼には、
心から、深く、広く、強く、感謝です。
何かしてくれたから感謝っていうのもあるけど、
それ以前に、存在してくれてありがとう。

とても柔軟で、とても頑固で。
好きなことにはとにかく一途で。
たまに短気な時もあるけど、そんな時こそ力になりたいと思うよ。
ありのままの僕を好いてくれてる(はず笑)。
彼は彼自身の一部を嫌ってるけど、
僕はそんな彼の一部までも、心から全部好きです。
彼となら、この人生をずっと一緒に生きていきたいと思います。
何か決心めいたものじゃなく、自然と「ストン」とそう思うんです、なぜか。

僕は彼と出会って、ありのままの僕でいられる幸せを知ってしまいました。
だからなのか、信頼のおける人の前では、
ゲイであることをとくに隠さなくてもいいかなと思うようになってきたんだよなぁ。
そのためには、ゲイだからとか関係なく、
僕自身が人間として、少しでもマトモにならなきゃいけないなぁと思います。

まだまだダメなところだらけの僕ですからねー。
テレビで大谷翔平君が出てると喜んじゃうし(笑)、
俺の好きなタイのBLドラマのDVDを彼に無理やり見せてるし。
いや、だけど彼も気に入ったはずだよ、あのドラマ(笑)。

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